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札幌高等裁判所 昭和52年(ラ)27号 決定

抗告人(原審債権者)

株式会社加藤製作所

右代表者

加藤正雄

右代理人

本田勇

相手方(原審債務者)

破産者大成実業株式会社

破産管財人

牧雅俊

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりであるが、その抗告理由の要旨は、原決定が、破産者の原決定別紙当事者目録記載の第三債務者(以下、第三債務者」という。)に対する売掛債権は破産財団を構成し抗告人は右売掛債権自体について何ら特別の先取特権を有しないとして抗告人の右売掛債権に対する物上代位権を否定したことは法律の解釈適用を誤つた違法があり、また、破産宣告後においては、抗告人の破産者に対する先取特権は、第三者たる破産財団ないし破産債権者に対抗できないとしたことは、動産売買の先取特権の本質を見誤つた違法があるというに在る。

二よつて審案するに、

(一)  先ず、一件記録によれば、抗告人は、大成実業株式会社に対し、昭和五二年三月二六日から同年五月二〇日までの間、動産である重機部品を、代金一三八八万九三三八円で売渡し、右と同額の売掛代金債権を有すること、大成実業株式会社は、第三債務者らに対し、昭和五二年三月二六日から同年五月二〇日までの間に、抗告人から買受けた前記重機部品を、代金合計一七七六万二〇二八円で売渡し、右と同額の売掛代金債権を取得したこと、大成実業株式会社は昭和五二年六月一〇日午前一〇時札幌地方裁判所において破産宣告を受け相手方がその破産管財人に選任せられたが、抗告人は、大成実業株式会社が破産宣告を受ける前に抗告人が大成実業株式会社に売渡した前記重機部品に対する物上代位権の行使として、大成実業株式会社の第三債務者らに対する前記売掛代金債権について差押をしていないことが明らかである。

(二)  ところで、民法三〇四条によれば、先取特権は、目的物の売却に因つて債務者が受けるべき金銭に対してもこれを行うことができるものとされているが、これを行うにはその金銭が払渡される前に先取特権者において差押を要するものとされている。そして、同法同条が先取特権の目的物の売却代金の払渡前に先取特権者が差押をなすことを要するとした所以は、一面において、物権の目的物は特定したものでなければならないから、債務者が売却代金の交付を受け、これが債務者の財産中に混入されてしまうことがないようにするため、即ち債務者が第三債務者に対して有する売買代金払渡請求権が代位目的物としてその特定性を維持できるようにするためであり、他面において、そもそも同法同条による先取特権の物上代位権は、先取特権者保護のため、先取特権の目的物の代償物たる債権に、先取特権の効力を、同条によつて特に拡張したものである関係上、第三者を保護するため、債権者は、先取特権の目的物の代償物としての売買代金払渡請求権に代位しうべきことを、差押(その核心をなす手続は、債権者の申請により裁判所が第三債務者に対して支払禁止を命じ、該命令を第三債務者に送達するに在り(民訴法五九八条一、三項)、このことが、第三者にとつて先取特権者の物上代位権存在の事実を知る契機となりうるので、それは、謂わば法定債権質の実質を有する、先取特権者の物上代位権についての、一種の公示的作用を営むものであり、恰も、債権質における民法三六四条一項所定の、第三者に対する対抗要件としての、債務者より第三債務者に対する確定日付ある証書による質権設定通知に比肩するものである。)によつて明確にすることを条件として、右売買代金払渡請求権による優先弁済権を保全できることとする趣旨に出たものと解するのが相当である。したがつて、先取特権者が目的物の売却代金について物上代位権を行使するためには、該売却代金債権について他から差押えを受けたり他に譲渡若しくは転付される前に自ら差押えをなすことが必要であるというべきところ、破産宣告は、差押えと同じく破産財団に属する破産者の財産に対する破産者の処分権を剥奪しこれを第三者たる破産管財人に移付することになるものであるから、破産宣告前に債務者(破産者)の第三債務者に対する該売却代金債権を差押えていない限り、先取特権債権者は、破産管財人を相手方として別除権の行使として物上代位権を行使して優先弁済権を主張することはできないものと解さざるを得ない。

そこで、これを本件についてみるに、抗告人が大成実業株式会社が破産宣告を受ける前に大成実業株式会社の第三債務者らに対する前記売掛代金債権について差押えをしていないことは前判示のとおりであるから、抗告人は、先取特権に基づき、その被担保債権の弁済を受けるため、破産管財人が第三債務者より収取し得べき前記売掛代金債権の差押並びに転付命令を求めることはできないものといわなければならない。

(三)  してみると、抗告人の相手方に対する本件債権差押並びに転付命令の申請は、理由がなく、失当として排斥を免れない。

三よつて、抗告人の本件債権差押並びに転付命令の申請は、その余の点について判断するまでもなく、失当として却下すべきであり、したがつてこれを却下した原決定は正当であるから、民事訴訟法四一四条、三八四条一項に則つて本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担について同法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

抗告の趣旨

原決定を取消し、更に相当な裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定

抗告人は相手方との札幌地方裁判所昭和五二年(ル)第九一六号債権差押、同年(ラ)第一、〇六四号転付命令申請事件につき、本件申請を却下する旨決定した。

二、原決定の理由

原決定の理由とするところは、要するに第一に、相手方が破産宣告前に抗告人から売渡を受けた動産を転売して取得した各第三債務者に対する各売掛債権は、破産宣告と同時に、破産法第六条により破産財団を構成するから、各売掛債権自体は、破産法第九二条にいわゆる「特別の先取特権」に該当せず、したがつて、抗告人は、同条による別除権を行使して破産手続によらずに破産債権者に優先して弁済を受けられないとし、第二に、仮に抗告人が動産売買による先取特権を有していたとしても、相手方の破産宣告前に右各売掛債権に対する差押並びに転付命令を得ていないかぎり、抗告人の各売掛債権に対する物上代位権も第三者に対抗できないし、第三に、本件のような抗告人には、取戻権を認めた破産法第九一条のような規定も破産法には存在しないから、抗告人は各売掛債権から優先弁済を受けることができないというのである。

三、原決定の不当性

そこで按ずるに

1 民法が動産売買の先取特権を売主の法定担保権として認めた理由は、動産売買当事者を公平に取扱うことを目的としている。ただ、右先取特権には公示方法がとられていないため、他の債権者にとつて、意外なところから先取特権者が現れることによつて、不測の損失を蒙ることがありうるが、しかし、それは民法がかかる担保権を債権者に認めた以上、他の債権者として予め予測すべきであり、止むをえないところである。

2 先取特権も、民法第三〇四条の物上代位の規定が適用される。物上代位は、担保物件の目的物が変形して目的物の交換価値が現実化した場合、この現実化した価値の変形物に対して担保物件の効力が及ぶとするもので、これは、右担保物件の目的物に対する交換価値性に基づく。したがつて、目的物の交換価値が金銭債権という形体ですでに現実化したとき、右担保物件は交換価値の変形物たるこの金銭債権の上に、いわば債権質と類似した優先権が成立するものと考えることができる。そして、動産売買の先取特権においては、債務者が目的動産を転売して取得した売却代金に対し、目的動産の変形物として効力を及ぼし、その場合の売却代金は、物上代位により目的動産と同じく被担保債権を担保するのである。差押を要件としない。差押を俟たず売却と同時に売却代金に物上代位権が発生する。差押は、物上代位権行使の要件であり、それは、払渡によつて売却代金が債務者の一般財産に混入してその特定性を維持し難い点を阻止し、もつて債務者又は第三債務者の不測の損失を防止することを目的として、行使の要件としたものにすぎないからである。

3 ところで、破産法第九二条は、「破産財団に属する財産の上に存する特別の先取特権、質権又は抵当権を有する者は、その目的たる財産に付き別除権を有す」旨規定して、動産売買の先取特権者も別除権を有することを明らかにし、破産法上右担保権者の別除権につき他に特段の制限規定は設けていないし、「目的たる財産」についても格別の制約はない。してみると、目的動産の売主は、債務者がその動産を占有していれば、債務者に対する破産宣告の前後を問わずその動産に対して動産売買の先取特権を有し、債務者が転売した場合には、物上代位により転売による「代金請求権」に対し、当然に右先取特権を有することとなつて、債権者は目的動産又は右代金請求権に対し、破産手続によらないで別除権を行使し得る(破産法第九五条)。右代金請求権が別除権とされるには、破産宣告後は固とより破産宣告前の転売によつて発生した場合とを問わないと解すべきである。けだし、前項において述べたとおり、右代金請求権は目的動産の変形物とされて、転売による代金請求権発生と同時に物上代位により右先取特権の目的となるからであり、また、前記のとおり破産法第九二条は物上代位に基づく追及効を破産宣告の前後により別異に取扱うこととしていないし、「目的たる財産」中から右代金請求権を除外することともしていないからである。この点、大判明治三五年七月三日民録八輯七巻九頁は、破産管財人が動産売買の目的物を売却した場合、その売却代金につきその払渡又は引渡前に差押をすれば、先取特権者は右売買代金から優先弁済を受けられる旨、最判昭和四一年四月一四日民集第二〇巻第四号六一一頁は、債務者(破産者、買主)が動産売買の先取特権の存する物件を被担保債権額(売買代金額)と同額に評価して当該債権(売主)に代物弁済に供する行為は、売買当時に比し代物弁済当時に該物件の価格が増加していないかぎり、他の破産債権者を害する行為にあたらない旨、大阪地判昭和四八年六月三〇日判例時報七三一号六〇頁は、動産売買の先取特権の目的物が転売されて転売代金債権に変じていた場合においても、転売代金債権のうえに物上代位権がおよぶので、転売代金債権による被担保債権に対する代物弁済も、右転売代金債権額のうち前記動産の売買当時の価額を超えない範囲においては、破産債権者を害するものではなく、(破産法第七二条一号の)否認の対象にならないとし、右転売代金債権を払渡又は引渡前に担保権者が差押なくても、右転売代金債権上に物上代位権は発生する旨判示している。

4 右の判例はいづれも本件のような事案に直接あてはまらないが、しかし、動産売買の先取特権の目的物は、もともと破産債権者の共同担保ではなかつたものであること、破産債権者を害する行為とは、破産債権者の共同担保を減損させる行為であるから、売主たる債権者に目的物自体による代物弁済又は目的物の転売代金債権による代物弁済をしても破産債権者を害するものではないという点で共通している。この理は、本件のように債務者の破産宣告前の目的物転売による代金債権の物上代位権についてもあてはまる。右代金債権は、前記のとおり目的物の変形物であり目的物と同視すべきものであるから、その上に物上代位権が発生し、債務者の破産後においても、破産債権者の共同担保とはなり得ない。したがつて、本件抗告人は、破産法第九二条に基づく別除権者として、同法第九五条により破産手続によらないで本件破産会社の転売による本件各売掛代金債権に対し、差押転付命令を得ることができるものといわなければならない。さもなければ、動産売買の先取特権につき、目的物自体の追及効を阻止し(民法第三三条)、売買代金につき物上代位を認めた趣旨が全く没却されてしまうことになる。破産宣告も万能ではなく、先取特権者の物上代位権を奪う権能まで与えたとは考えられない。破産会社が目的物を占有し、管財人が転売した場合にその転売代金から差押を条件として、先取特権者は、優先弁済を得られるのに、たまたま破産宣告前に転売されたため、破産宣告後は右転売代金から優先弁済を得られなくなるというのは、破産宣告の時期如何によつて先取特権者の担保権を左右することとなつて前者と権衡を失し余りにも不合理に帰するというべきである。破産債権者としては、目的物自体が破産会社に存在していようと、その変形物たる代金請求権として存在していようと、先取特権者によつて別除権を行使され、それらが共同担保の目的となり得ないことは、予め覚悟すべきであり、目に見えるものと見えないものとを別異に扱う理由は何らない。このことは、動産売買の先取特権に公示手段が設けられていない以上止むを得ないところである。それに、破産宣告後右先取特権の物上代位権を奪うこととすれば、右先取特権者の犠牲のもとに破産財団が不当に利益を得ることとなり、その合理的根拠を欠くこととなろう。破産法上の債権者平等というのも、すべての債権者を平等に取扱う趣旨ではなく、特別担保権者ないし所有権者等の破産財団に対する権利を除外して、一般の破産債権者の共同担保となり得るものについて債権者を平等に取扱おうという趣旨のものであるから、本件抗告人の先取特権を認めたところで債権者平等の原則に反するものではなく、また破産債権者を害するものではない。また、破産法第三九条は、一般の先取特権につき破産財団から優先弁済を受けられるものとし、不動産の先取特権には目的物自体に追及効を認めていることなどに比較すると、動産売買の先取特権につき破産会社が有した転売代金債権に物上代位権を認めて優先弁済を受けられるものとしなければ、右各先取特権との権衡を失することとなる。

しかして、払渡前の差押は、転売代金債権の特定性維持の手段であるから、本件のように、仮に抗告人が債務者の破産宣告前に差押をしていない場合でも、破産宣告後払渡前であれば、抗告人は右債権を差押できるものといわなければならない。破産宣告は、右債権を特定するものではなく、また、右債権に対する差押でもない(このことは、仮に抗告人の本件物上位権が破産宣告に対抗できないとしても、抗告人の差押だけで本件各転売代金債権から当然に優先弁済を受けることとなるのではないから、抗告人に差押を許しても破産債権者を害しないと考える)。それに、破産宣告は、要するに破産者に属する財産の管理・処分権能等を破産者から破産管財人に移し、もつて債権者平等の原則に従い破産財団から債権の弁済をしようというものであることからすると、破産宣告後といえども債務者と破産者との間には実質的な同一性があり、両者が全く別の第三者関係になるのではない。しかも本件の破産会社は、破産債権者の申立による破産ではなく自己破産の申立による破産宣告であつてみれば、破産原因の存否につき裁判所が関与したとはいえ、破産宣告に担保権者の担保権まで奪う権能まで与えることは過ぎたるものといわなければならない。

動産売買の先取特権は、目的物が転売されたときにその目的物に対する追及効を失なつて右先取特権は消滅する代わりに、転売代金に物上代位権が転売と同時に発生するという効力がこの担保物件の本質であり、その効用は、債務者が支払不能となり破産したときにはじめて発揮することを考えた場合、破産宣告に右効力や効用を奪う力を与えたとは到底考えられないし、破産法上の根拠規定も存しない。

5 以上の次第であるから、原決定が本件各売掛債権は破産財団を構成し、抗告人は、右各売掛債権自体について何ら特別の先取特権を有しないこと、すなわち物上代位権を否定したことは、法律の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければならず、また、破産宣告後においては、本件先取特権は、第三者たる破産財団ないし(原決定は明確を欠くが)破産債権者に対抗できないとしたことは、動産売買の先取特権の本質を見誤つて、抗告人の権利を合理的根拠もなく排斥した違法があるといわなければならない。更に、原決定は、破産法第九一条に基く取戻権を認めた規定が、本件のような場合については破産法上存しないことも却下決定の理由としているが、しかし、本件の場合についても同条の適用はあるのであつて、債権者は破産管財人に本件動産の転売による反対給付請求権の移転を請求できるものと解する。ただ、本件のような場合、管財人が任意にその移転に応じないとき、管財人を相手方として取戻訴訟を提起せざるを得ないという面倒な手続が生じるのを避け、破産法第九二条に基づき別除権者として本件先取特権を行使する方が迅速かつ確実容易であるため、同法第九一条によらないだけのことである。右売掛債権の特定がないことを理由として右九一条による行使を否定するのであれば、破産宣告後といえども差押は可能なのであるから、差押を認めれば右売掛債権は特定する。要するに、破産法第九一条のような規定が他にないことを理由として、本件申立を却下することは、合理的な根拠を欠くというべきで、この意味で原決定は違法又は不当であるといわなければならない。

6 よつて、原決定が抗告人の本件申立を却下したことは違法不当であるから、更に適正な裁判を求めるため本抗告に及んだ。

<参考・原決定理由>

申請の趣旨及び理由は別紙のとおりであり、これによれば、債務者は債権者から昭和五二年三月二六日から同年五月二〇日までの間商品の納入を受け、それを納入先である各第三債務者のもとへ更に売渡し、各第三債務者に対し売掛債権を取得しているものとされている。

ところで、債務者はその後昭和五二年六月一〇日午前一〇時破産宣告を受けたが、破産法第六条によれば、破産者が破産宣告の時において有する一切の財産は破産財団を構成するものとされる。してみると、右各第三債務者に対する売掛債権の債権者は、破産宣告時には債務者であつたから、右各売掛債権は破産財団を構成することになるが、債権者は、この破産財団を構成する右の各売掛債権自体については、何ら「特別の先取特権、質権、抵当権」を有するものではないので、破産法第九二条による別除権を行使して破産手続によらずに他の破産債権者に優先して弁済を受けることはできないものといわなければならない。更に、付言すれば、たとえ債権者が動産売買による先取特権を有していたとしても、破産宣告がなされた場合には、破産財団は法的には従前の債務者との関係で第三者にあたるものであるから、右の物上代位の関係は、破産宣告の時点で各第三債務者に対する売掛債権につき債権差押ないし転付命令を得ていない以上、そもそも他の者に対して対抗できず、結局他の破産債権者に優先して弁済を受けることはできないと考えるべきだからである。

また、取戻権者の場合には、破産法第九一条により、取戻権の目的たる財産の譲渡がなされた場合に、反対給付の請求権の移転を破産管財人に対し請求しうるものとされているが、本件の債権者のような揚合については、右のような破産法の規定が存在せず、その点からしても、債権者は債務者の第三債務者に対する各売掛債権から優先弁済を受けることができないとの結論にならざるを得ない。

以上の次第で、債権者の本件申請は理由がないのでこれを却下するものとし、主文のとおり決定する。

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